| 社名 | 株式会社 芳賀沼製作 |
|---|---|
| 所在地 | |
| 代表者 | 芳賀沼養一 |
| 創立 | 昭和61年 |
| 資本金 | 2,000万円 |
| 許可 | 4福島県知事許可(般-12)第20041号 一般建築業許可 |
| 加盟団体 | 一般社団法人 日本ログハウス協会 |

本社事務所

本社工場

つくば営業所(エコつくば)
4代前から“木”に携わってきた歴史をもつ芳賀沼製作。生活の中に木があり、木とともに生活してきたといっても過言ではない。
“自然素材の家づくり・ログハウス”の実績は、会社の本拠がある針生地区に30年前から78棟の実績をもつ“はりゅうウッド村”づくりにも発展した。
現在は茨城県に営業所とモデルハウスを持ち、関東・東北を中心に幅広いエリアで活動する。設計は同じ地区にある“はりゅうウッドスタジオ”と協働し、豊富な木材加工のノウハウを生かして、多様な要望やデザインに対応した家づくりを進めている。
| 1954年 (昭和29年) |
芳賀沼木材店を開業。 |
|---|---|
1963年 |
製材業と一般建築請負業を始める。 |
| 1973年 (昭和48年) |
ピース&ピース工法(柱と柱の間に丸太を落としこんでいく工法)で1棟目の丸太小屋をつくる。 |
| 1978年 (昭和53年) |
カナダで丸太組工法に出会う。それがきっかけとなりログハウスづくりを模索する。 |
| 1982年 (昭和57年) |
ログハウス建築を針生地区に2棟建てる。針生(はりゅう)地区からとって「はりゅうウッド村」の計画が始まる。 |
| 1983年 (昭和58年) |
雑誌「Out door」に、この村でのログハウスづくりが特集される。その題は、「夢の丸太小屋に暮らす」。 その特集がもとになり、現在の「夢丸(ゆめまる)」の愛称で親しまれる雑誌、「夢の丸太小屋に暮らす」となる。 雑誌掲載時にはりゅうウッド村は5棟になる。 |
| 1986年 (昭和61年) |
芳賀沼製作から株式会社 芳賀沼製作となる。 |
| 1987年 (昭和62年) |
ログハウスのネジレ・クルイを少なくするため、念願の人工乾燥機とマシンカットの機械をメーカーと共同開発。 (それに伴い直径15cmから30cmまでのログ材を加工できるようになる) この年に会津鉄道の4つの駅舎をログハウスで建築。 |
| 1988年 (昭和63年) |
日本で初めてのポスト&ビーム工法の建築を福島県熱塩加納村に建築。 この頃より木造建築本来の一般軸組工法に自然素材を取り入れた家づくりを始める。 |
| 1996年 (平成8年) |
「芳賀沼邸」で出版社地球丸の主催のログハウス・オブ・イヤー設計賞を受賞。 |
| 1997年 (平成9年) |
新宿高島屋(タカシマヤタイムズスクエア)でサンタクロースの郵便局をログハウスで建築。 その後、株式会社高島屋と木製玩具で取引が始まる。 |
| 2001年 (平成13年) |
つくば市下平塚にエコつくば営業所を開設。 |
| 2004年 (平成16年) |
ログハウス協会建築コンテスト優秀賞受賞 |
| 2004年 (平成16年) |
「柏屋」で第23回福島県建築文化賞準賞受賞 |
| 2005年 (平成17年) |
「家業(柏屋)」で第25回東北建築賞受賞。(設計:はりゅうウッドスタジオ、施工:芳賀沼製作) |
| 2006年 (平成18年) |
「継承される家」で第三回「真の日本のすまい」経済産業大臣賞受賞。(設計:はりゅうウッドスタジオ、施工:芳賀沼製作) |
| 2007年 (平成19年) |
「大内の御柱物語(下郷町)」で第26回福島県建築文化賞特別部門賞。(設計:はりゅうウッドスタジオ、施工:芳賀沼製作) |
| 2008年 (平成20年) |
「古河市O邸」で 第21回ログハウス協会建築コンテスト(財)日本住宅・木材技術センター理事長賞受賞。 (設計:はりゅうウッドスタジオ、施工:芳賀沼製作) |
2010年 (平成22年) |
「ひたちなか市U邸」で 第23回ログハウス協会建築コンテスト一般社団法人日本ログハウス協会長賞受賞。 (設計:はりゅうウッドスタジオ、施工:芳賀沼製作) 「雪国型 広域中山間地 医療施設 あべクリニック(南会津町)」で第29回福島県建築文化賞 特別部門賞受賞。 (設計:はりゅうウッドスタジオ、施工:芳賀沼製作) |
| 2011年 (平成23年) |
3月 トコナメエプコス社 ショールーム施工。(設計:はりゅうウッドスタジオ、施工:芳賀沼製作) 5月 3.11東日本大震災後、日本ログハウス協会の県内5社が共同体となり日本ログハウス協会東北支部を設立。 弊社が支部長となり福島県応急仮設住居500棟を請負。日本で初めてのログハウス仮設住居を建築する運びとなる。 |